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TSBテレビ『回想〜語り継ぐために』から 戦争体験の「二世」、「三世」
8月16日、TSBテレビで『回想〜語り継ぐために』が放送された。ロックミュージシャン清水まなぶは、祖父の死後、戦争体験をつづった祖父の手記と出会う。その手記「回想」を基に、清水はメロディーをつけ9分に及ぶ長い歌を作曲する。長いといえば新井英一の『清河(チョンハー)への道〜48番』は40分以上あったと思う。体験を歌う可能性は、もっと追求されていいと思う。
クリント・イーストウッドの映画『父親たちの星条旗』の原作も、父親たちが生前、決して語ることのなかった硫黄島、摺鉢山の星条旗の実相を何年もの...
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2008/08/18 22:34 |
藤田愛子『披露山中毒』 「信州文芸20」から
昨年の10月、中学校の同級会で、鎌倉、江ノ島に行った。中学校の時代の修学旅行の跡をを辿ろうと言う企画だった。同級生の一人、西沢煕さんは、食肉の卸業をしていて、販売促進のイベント等があり、欠席するとの連絡があった。この4月西沢さんの訃報に接した。あの連絡の電話が最後の会話になってしまった。
小説『披露山中毒』の舞台は、鎌倉、江ノ島方面にあるマンション。主人公は80歳過ぎの女性。マンションの自治会でタダの理事同士の間宮との交流を軸に物語りは展開する。
「折れそうな枝にしがみついていた八十年...
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2008/08/14 22:05 |
長野市松代 大室古墳群 古墳時代、朝鮮半島からの渡来人が馬を育てていた
長野市松代に大室古墳群があるということは、以前から知ってはいた。バイクで周辺を走り回ってみたが、古墳群の全体像は、よく分からなかった。
こんど9月7日に我が町の公民館でそこを見学することになり、ようやくその輪郭が見えてきた。
古墳時代は、弥生時代と奈良時代に挟まれた3世紀末から8世紀までもの時代と言うことすら知らなかった。
大室古墳群は、日本最大の積石塚古墳群で、珍しい合掌形石室など約500基が集中しているという。
朝鮮半島の墓と関連しているとの学説もあり、朝鮮半島を母国とした渡...
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2008/08/11 23:32 |
市川一雄『マドンナ』 「信州文芸20」から 卒業して30年。中学の同級会の物語
卒業して30年。中学の同級会に、当時のマドンナ、ルミ子が現れ、会は盛り上がる。中卒後、同級生の父親が経営する会社に就職、やがてその同級生と結婚して都会へ去った彼女。数年前、夫を亡くし、成人した子供が2人いる。ながい不在にもかかわらず、たちまち男子連中のマドンナに返り咲く。
ホテルのスナックでの二次会。そこでのマドンナのふとした行為がこれらの同級生の関係を破壊してしまう。何も悪いことをしていない主人公の人生をも暗転させてしまう。作者の筆力に感嘆した。
私は、6年前、一応当番になってはいた...
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2008/07/23 22:20 |
宮坂幸雄 『湯の町』 「信州文芸20」から
定年後、信州が生んだ女流歌人、今井邦子文学館の管理人をしている主人公が語る来館者のエピソードと本人の思い出を綴っていく。
置屋の下働きから、芸妓までなり、身請けされ、戦後、旦那は零落し、本妻は首吊り自殺し、やがて旦那も死に、という運命を生きている、今田華子の物語当に「湯の町」の姿がコラージュされていく。
来館者からこれだけの話を聞きだせる、主人公宮原賢二に感心する。或いは、「今井邦子」がのり移っているのかも知れないと思うほどだ。
手許に1969年信越放送発行の、雑誌「日本の屋根」1...
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2008/07/21 21:43 |
映画『サラエボの花』をみた
今日、平和シンポNAGANO主催の映画会が、長野市勤労者女性会館しなのきで開かれた。
『サラエボの花』はヤスミラ・ジョバニッチ監督作品で、2006年/ボスニア・ヘルツェゴビナ=オーストリア=ドイツ=クロアチア映画。2006年ベルリン国際映画祭金熊賞ほか、多数の各賞を受賞している。
舞台は、旧ユーゴスラビアのボスニア・ヘルツェゴビナ。この地域の情況は複雑で、以前、エミール・クストリツァの『アンダーグラウンド』を辺見庸が絶賛していたので、見たが、残念ながら私には良く分からなかった。
『サ...
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2008/07/19 23:00 |
由比 圭司 『風の塔』 「信州文芸20」から
時代は70年安保闘争の時代。主人公はノンセクトラジカルに属し、闘争に参加、逮捕され、完全黙秘を貫く。
法律などの知識も殆ど無く、闘争に巻き込まれた主人公が、情況にどのように対応し、どのように扱われたかが詳細にえがかれていく。
私にとって、70年代は会社勤めの時代で、「安保闘争」にまつわる記憶は殆ど無い。岩波の世界史年表の1970年を見ると、「6.23(日)日米安保条約自動延長。反安保統一行動に77万人参加。」とある。ソ連邦崩壊のかなり前である。
結びの部分の冒頭に、
「数日後、健太...
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2008/07/16 21:24 |
奥平 亮『雪降る村』 「信州文芸20」から
主人公「私」の父は太平洋戦争時、帝国軍人として従軍し、昭和17年日本が「制圧した」イギリス領ビルマへ行く。その後、東條英機らのインドへの野望で始まるインパール作戦に参戦するが二日目にマラリアと診断され兵站病院に後送され、結果、九死に一生を得、6年半後に生還される。
作品では、激動の時代を生きた祖父と父と「私」の三代の物語になっているが、大日本帝国の軍人であった父と、新左翼運動の一端にも参加する、息子「私」が中心になっている。
父と息子の対話は、丸山真男の「大日本帝国の実在と戦後民主主義...
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2008/07/15 21:59 |
米山恵美子『祭り笛』 「信州文芸20」から
大戦前の物語。農家の4人兄弟の末っ子に生まれたみつぐ。夫は出征し、夫の妹勝子と、夫の叔父の子供、繁と同居している。みつぐは日夜、農作業にいそしむ。
馬鈴薯の栽培、そして養蚕、春蚕、夏蚕、晩秋蚕、それに引き続き米の収穫に追われる。農閑期は機織をする。
やがて、勝子に縁談があり、結婚して家を出ていく。繁も奉公に出ることになる。母が心配して、二郎という作男を頼むが、二人はいい仲になったというねもはもない噂がたつが、折りしも二郎に赤紙が来て、出征してしまう。追い討ちを掛けるように夫の戦死の知らせ...
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2008/07/13 23:48 |
6月22日信州文芸誌協会総会があった
長野県内にある文芸誌10誌が集って、信州文芸誌協会という団体を構成している。
●「信州文芸20」について
10誌、2年間の各誌が選んだ代表作が収録されている。今年の受賞作は、文芸誌「O オー」に載った、寺山あきの「スピリッツ島」だった。海外の旅先で50年も前に亡くなった弟と出会いしばし時を共にするという物語である。
しかし、受賞作以外の9作品はその影に隠れて見えなくなってしまうのだが、それぞれが力作である。
例えば「橋」の米山恵美子の「祭り笛」。一読して、ジョン・ダワーの『敗北を抱...
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2008/06/28 21:46 |
昭和39年、長野市南県町の夕日
昭和38年(1963年)から昭和43年(1968年)の5年間、長野市南県町に、広告代理店・長野放送文化センターがあった。信越放送と農文協、共同出資の会社であった。そこでの仕事で、忘れられないのが「SBCラジオ読書サロン」という番組の制作である。
この会社発足の1ヶ月後の昭和38年10月1日にスタートする。当初、制作は2人体制の予定だったが、翌年から、ほぼ私1人で作る事になった。企画したのは、八木林二氏、当時常務だった。この人をネットで検索するとバートランド・ラッセルの翻訳者としても出てくる...
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2008/06/15 22:25 |
「丸光・丸善の昭和30年代」と「三丁目の夕日」
「青春の交差点〜丸光・丸善の昭和30年代」という冊子が発刊され、5月26日に、元両百貨展の元社員と、ゆかりの人たちの同窓会が午後3時から8時まで長野市大門町の楽茶れんが館で開かれた。丸光は旧長野そごう、丸善は、現ながの東急である。この本を作った人たちとは、長いお付き合いになるので、夕方5時ごろ顔を出した。
この二つのデパートは、問御所町で、昭和通りを挟んで営業していた。昭和30年代の様々なエピソードが面白く一気に読んでしまった。「三丁目の夕日」はよその地の作り話であるが、丸光・丸善は、すべ...
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2008/06/07 22:12 |
NBS「戦後は終らない〜硫黄島・日米元兵士達の証言」
昨日、NBSテレビは「戦後は終らない〜硫黄島・日米元兵士達の証言」を放送した。NBSは昨年、同じ枠NBS月曜スペシャルで「玉砕の島〜栗林中将と生還した元兵士たち」を放送したが、栗林礼賛傾向が強くあまり感心しなかった。どうしてリメイクしたかは、業界的解釈はあるが、ここでは触れない。
私が初めて栗林忠道を知ったのは9年前TSBテレビ信州が「長野高校100周年記念」という枠で放送した時である。長野中学出身の栗林忠道を淡々と紹介していたという記憶がある。再度確認しようと思って同録テープを探したが見...
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2008/05/27 15:43 |
第11回シャンソン研究会から フレエル ブラッサンス ラヴィリエ
昨日、5月23日、松本の信州大学でシャンソン研究会があった。この会は年2回あり、1回は松本で、2回目は関西で開いているとのこと。
シャンソン、というよりも音楽全般から遠ざかって長いが、長野日仏協会の事務局から声がかかったので行くことにした。
第1部はパリ大学博士課程在籍の青木夏子さんの「フレエルと〈ベルエポック〉の終焉」という講義。
フレエル〈1891年〜1951年〉はフランスの歌手であり、女優。ジュリアン・デュヴィヴィエ監督、ジャン・ギャバン主演の映画『望郷』(ペペルモコ)に出演、...
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2008/05/24 22:47 |
ミャンマー・サイクロン、中国・四川省大地震からの連想
二つの大災害には対象が大きすぎて、コメントのしようがないと言うのが正直なところであるが、連想する言葉を並べておく。
@アジア的専制。ミャンマーも中国も共に、アジア的デスポット、アジア的専制を引きずっていると思う。勿論、わが日本も例外ではない。
Aモンスーン・アジア最初の壮挙
これは、明治・大正から昭和初期に、日本の国土に展開された土木建築の近代技術は、世界技術史の奇跡とさえ評価されているという。
パナマ運河、荒川放水路などの建設に関与した青山士(あきら)、琵琶湖疏水計画を立案、完成...
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2008/05/22 21:55 |
オリビエ・メシアン生誕100年
5月11日NHK教育「N響アワー」はオリビエ・メシアン生誕100年の特集だった。司会の池辺晋一郎は、メシアンを二十世紀最大の作曲家と、紹介していた。池辺晋一郎はメシアン「トゥランガリラ交響曲」の日本初演を高校時代小澤征爾の指揮で聞き、非常に感動したとのこと。ゲストは加古隆で、親密な師弟関係の思い出を語っていた。準メルケル指揮で「トゥランガリラ交響曲」も演奏された。
私が初めて、メシアン「トゥランガリラ交響曲」を聴いたのは、40年前に出たLPレコードによってだった。当時日本の現代音楽に興味を...
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2008/05/22 11:45 |
済州島4・3事件からの連想 赤狩りについて
半世紀前、入社した会社の労働組合は分裂していた。組合に対して、それに違和感を持つ人々が「社員会」という組織を作った。いわゆる第一組合は、「れっきとした左翼」、ハンガリー事件の影響で「反共」の私は「社員会に所属した。が第一組合にいたN嬢が私に接近してきた。いわゆるオルグ活動である。
彼女と会話を重ねる間に、私は「左翼」の側にカウントされることになってしまった。「論理無き執拗性」については今、語る意欲はない。
ハーバート・ノーマンは、カナダ政府のエジプト大使の時代、1957年カイロのビルか...
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2008/05/02 21:07 |
済州島4・3事件
この4月27日、NHKのETV特集で「悲劇の島チェジュ」が放送された。
私が「済州島4・3事件」を知ったのは、数年前、長野南部図書館で金石範「火山島」を見てからである。図書館でその本の配列を見て、この本はなにを素材に書かれているかを考えた。未知の世界だった。
金石範「火山島」は1948年の済州島4・3事件をテーマにした長編小説、全7巻、第1巻が83年に刊行され、97年に完結。84年に1〜3巻が大仏次郎賞受賞。97年に全巻が毎日芸術賞受賞という作品である。
2004年、長野南部図書...
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2008/05/01 22:00 |
モーロワ「フランス敗れたり」への補足
昨日のブログでアンドレ・モーロワ「フランス敗れたり」について書いた。その中でグレゴリー・ベイトソンのヴェルサイユ条約観について補足しておく。
ヴェルサイユ条約は、第1次大戦後、ドイツと連合国の間に結ばれた講和条約。この条約によりドイツは海外の植民地のすべてを失い、きびしい軍備制限と多額の賠償金を課せられ、ドイツ国民は大きな不満感じていた。
アメリカのクレル委員会は穏やかな講和条件を提示すれば、ドイツは降伏してくるだろうと考え、懲罰的な措置を含まない14か条を合衆国大統領ウィルソンに提示...
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2008/04/30 22:34 |
アンドレ・モーロワ「フランス敗れたり」の不思議
先日、長野日仏協会の総会があったが、その後、会員の皆さんが持ち寄った本、その他の「蚤の市」があった。
私はフランス語の先生、ドミニクさんの持ってきた本の内から、アンドレ・モーロワの「フランス敗れたり」という本を買った。この本は1940年10月に書かれ、同じ年の11月に日本で翻訳され、300版を超える大ベストセラーになったという。1940年、フランスは圧倒的なドイツの機動力により敗北、占領されてしまう。その後僅かの時を経て「バスに乗り遅れるな」の合言葉に促され、日本は日独伊三国同盟の調印に踏み...
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2008/04/29 22:41 |