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群馬県富岡市にある「富岡製糸場」、以前から気になっていた場所でしたが、3月8日に行って来ました。 明治6年(1873年)長野県、松代町から横田英たち16人が富岡製糸場へ伝習工女として入場のため出立します。富岡まで5日かかりました。現在は、新幹線で高崎まで、それから上信電鉄に乗り換えて、待ち時間も含めおよそ2時間で着きました。 富岡製糸場は、日本の木造建築と西欧のレンガ造りを取り入れた「木骨レンガ造り」。レンガを地元の瓦職人を動員して苦心の果てに造り上げるなど、フランスの技術を日本の風土に合わせて創られたといいます。 和田英の『富岡日記』についての雑文を同人雑誌用に書いていたのですが、一般的に、富岡製糸場での体験、暮らし等を綴った記録としてとらえられてきたと思いますが、今度『定本・富岡日記』(校閲・解説=上条宏之) をテキストに読み直してみると第1部が、富岡日記、「富岡入場の略記」、第2部が民間初のフランス式製糸工場を松代に創った記録「六工社創立の記」、そして第3部が和田英の母親横田亀代子(きよこ)の教えを綴った「亀代子の躾(しつけ)」の三つの部分を通して、「和田英とその時代」が鮮明に見えてきました。 近現代史が見事に投影されていると思います。日清・日露戦争の時代も含み、「絹と軍艦」という日本の近代の資本主義を象徴する要素が見えてきます。 富岡製糸場の周辺には「富岡製糸場を世界遺産に!」という幟旗が林立していました。一方長野市松代町の六工社の跡に行ってみると、ぼろぼろの農機具小屋の前に、枯れた雑草の中に「フランス式製糸場---六工社」跡と見える木の柱の標柱と、案内板だけがありました。 今、松代で繰り広げている観光キャンペーンのスローガンは、皮肉にもなんと「エコール・ド・まつしろ」。この落差はなんなのだろうと考えています。 |
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